曽我逸郎の政策
今にゆとりと 未来に安心!
心もサイフも のびのびと!
1)必要をまかなえるゆとりを家計にもたらし、購買力を底上げして、内需を高める
- どの子もしっかり食べられるように家計を支える。再分配を高める。
- 教育費無償化の拡充。生活に追われバイトに明け暮れる学生をなくす。
- 生活保護捕捉率のアップ。
- 最低賃金を1300円に。
- 保育士、介護士の待遇向上、シングルマザーに手厚い支援を。
1955年11月12日、長崎県対馬市(旧下県郡厳原町)に生まれる。物心つく前に父母が離婚し、滋賀県大津市に移転。以来、母一人子一人で育ち、日本育英会奨学金で高校・大学に進む。京都大学文学部入学。ポスト全共闘世代の典型として、「何をすべきか?」の問いに悩み、参禅も。哲学科(哲学専攻)を卒業後、広告大手(株)電通に入社。大阪、香港、名古屋で勤務。香港の4年間では中国への返還直前の動向を内側から見ることができた。2002年11月営業部長で退職。「釈尊の研究に没頭すべく」長野県上伊那郡中川村に家族5人でIターン。しかし2005年5月、村の合併に反対する活動に参加したことが縁で中川村村長に立候補することになった。