ISD条項は、過去のものになりつつある、というお話を聞いた。
元農水大臣の山田正彦さんが、一昨日(10/22)お隣の松川町(長野県下伊那郡)に来られて、種子法・種苗法・遺伝子組み換え・ゲノム編集について講演して下さった。
翌朝、中津川の駅までお送りした際、表題の話題になった。こんな会話だ。
曽我:多くの県が、国が廃止してしまった種子法に代わる条例を制定している。素晴らしいことだ。しかし、遺伝子組み換え作物で農と食を支配しようともくろむグローバル資本が、TPPのISD条項を使って「この条例によって損失を被った」と莫大な損害賠償請求をするのではないか。実際に訴えられなくても、その可能性があるというだけで、県は腰砕けになりはしないか。
山田:ISD条項で自治体が訴えられることはない。それにまた、関係する各国の間で、ISD条項はおかしいと見直しの機運が高まっている。カナダの企業からISD条項で訴えられて米国政府が負けた結果、トランプ氏も「国際法廷で裁かれるのは国家主権の侵害だ」とISD条に反対し始めた。ISD条項は死につつある。
高速道路を運転しながらの会話なので、細部には聞き違いがあるかもしないが、大筋は間違っていないと思う。
せっかく条例ができてもISD条項で脅されるのではないかと危惧していたので、大変うれしく思った。ISD条項の心配がなくなれば、種子法の役割を担う県条例の制定は、大いに意味がある。
残る問題は、根拠法がなくなって、良質な種子を農家に安定的に供給するために必要なお金を国が県に交付しなくなり、県が予算的に事業を継続できなくなることだ。しかし、これは国内問題にすぎない。国際法廷がからむ問題に比べれば、はるかに対応は容易だ。公的種子を安定供給することの重要性を理解する政権に替えればよいのだから。
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山田さんの講演の概略も書いておこう。如是我聞。わたしの理解のまとめなので、文責はわたしにある。今回の講演では言及されなかったが、別の機会に聞いたことも、< >でくくって補うことにする。
「ゲノム編集は、遺伝子組み換えとは異なり、外からの遺伝子を持ち込まず、生物がもともと持っている遺伝子の一部を破壊するだけだから、自然界の突然変異と同様に危険はない」と主張されているが、そうではない。狙った部分だけでなく、まわりの遺伝子も壊れてしまう。その操作に使われる酵素(?)も細胞内に残ってなんらかの影響を与える。遺伝子の中で機能が分かっているものはほんの一部に過ぎず、ある状況にならないと活性化せず普段は眠っている遺伝子も多い。遺伝子は、相互に複雑に連携し影響し合っている。遺伝子の一部がある不都合な形質に関係しているからといってその部分を破壊すると、思いもがけない結果を引き起こすことになりかねない。
米国などでは、<虫が食べると腸に穴が開いて死んでしまう毒素の遺伝子を組み込んだ作物(殺虫剤不要が売りにされる)や、>除草剤をかけても枯れない遺伝子組み換え作物(除草剤まみれで育てられる)が大量に栽培されている。また、収穫直前の穀物に除草剤をまいてワザと枯らし、収穫を容易にし乾燥の手間を省くようなことも広く行われている。
そういった遺伝子組み換え作物や農薬の残留した作物を日常的に摂取していることが、近年増加している子どもたちのさまざまな障害の原因ではないかと疑われ、海外では、Non-GMO(=遺伝子組み換えでない)やオーガニックの食材の需要が高まっている。そのような自然食材に代えた結果、子どもの状態がよくなったという報告もされている。自然食材のマーケットも確立し、逆にオーガニックやBioの認定をとれない食材は、市場で評価されず、低価格でしか売れなくなっている。
ところが、日本政府は、<日本に農作物を輸出する海外アグリ企業の要求で、これまで農薬に分類されていたものを食品添加物にカテゴリー変更することまでして、>残留農薬の基準を大幅に緩和している。今や、残留農薬に関する日本の規制基準は、諸外国に比較して大幅に甘くなってしまった。また、認可された遺伝子組み換え作物の数も、日本が突出して多い。海外で禁止する動きが広がっているラウンドアップなどグリホサートを主成分とする除草剤も、日本では野放しだ。国民の健康のため、食の安全を確保しようとする海外の動きに、日本政府はまったく逆行している。
遺伝子組み換え作物やゲノム編集作物の問題点は、食の安全だけではない。それらが、特許で守られるという点も大きな問題だ。
特許で守られているので、収穫物を勝手に売ったり人に提供したりすることはできない。全量を種の特許を持つ企業に買い戻してもらうしかない。米を育てた農家なのに、都会に暮らす子や孫に米を送ることは勿論、自分たちが食べることさえ特許侵害にされてしまう。
栽培方法(例えば、指定されたブランドの除草剤を何回かけろとか)や収穫の買取価格など、種を売る側に有利なように契約書で事細かに定められる。合理的な理由なく契約を解除できないとも記載されている。南米では農家が読めない英語の契約書が使われた。
<売り先を自分だけに限定した食材(コメなど)で、生産のみならず、食の流通・消費まで網を広げることが、グローバル・アグリ資本の目論見だ。>
<種子法の廃止は、この目論見を支援するものだ。廃止の理由として「民間資本の市場参入を阻害しているから」とされたが、「民間」とは、グローバル・アグリ資本ではないのか。国内企業だとしても、グローバル企業と提携し、利害を一体化させた企業だ。彼らの便宜のために日本政府は、彼らの障壁である種子法を取り除いたのだと思う。>
グローバル・アグリ資本とそれに連携する国内企業の便宜のために、日本政府が国民の健康をないがしろにしている現状に、どう対処すればいいのか。
種子法に代わる条例を多くの県で制定したように、地方からの取り組みが重要だ。有機・無農薬の農作物を普及させるには、市町村の支援の取り組みが有効だ。
有機・無農薬の作物は、これまでどおり農薬や化学肥料を使う慣行栽培に比べて価格が高くなる。家計にゆとりのない現状では、買い手がつかず、農家としては売れないものをつくっても生業にならない。そこで、行政が買い上げて、例えば学校給食に使う。そうすれば、農家は安心して安全な作物をつくることができる。韓国では、学校給食の無農薬化が既に幅広く普及している。
消費者が安全な作物を要求するだけではうまくいかないし、市町村長や教育委員会が独善的に進めるのもよくない。消費者が学び、声をあげ、行政も歩調をそろえ、農業生産者の理解と協力を得てその事情にも配慮して、どこにも無理を押しつけないやり方を模索していく。その中で、消費者(=有権者)の啓蒙もすすむだろうし、最終的には、政府の考えも変えることができるかもしれない。(おそらくは、今の政府の考え方を変えるより、政府を取り換えることになるだろう。
さまざまな人たちがそれぞれの立場で協力し合うことが大切だ。立憲民主党総支部長になったわたしとしては、今の政権に替えて、グローバル企業の利益よりも国民の健康を重視する「まっとうな」政権に替える一助となるのが自分の役割だと思う。)
「それにしても、日本政府は、国民の健康をないがしろにしてまで、どうしてグローバル企業に便宜を図るのでしょうか。なにか見返り、利権があるのか。あるいは、政権延命のためでしょうか。」
「常識では理解できないね。そうとでも考えないと。」
車の中でそんな会話をした。
2019,10,24
立憲民主党長野5区総支部長 曽我逸郎
種子法廃止には、もうひとつ問題点があった。多様性が失われることだ。
品種を大切に保持し受け継いでいくには、大変な労力とコストを必要とする。それでも種子法があるうちは、都道府県が主要農作物のさまざまな種(籾)を責任をもって管理保存してきた。その地域ごとの自然や気候風土、文化伝統に根差した多様な品種が大切に受け継がれてきたのだ。しかし、種子法を廃止して外国企業など民間にゆだねれば、採算に合う一部の(特許)品種だけに集約されてしまうことになるだろう。
かつてアイルランドはジャガイモに食料を依存していた。しかもそれが単一品種だったため、病気が蔓延した時、全滅に近い状況になってしまい、深刻な飢饉に陥った。沈没したタイタニック号の二等船室にアメリカに移住しようとするアイルランド人が大勢乗っていたことには、そんな時代背景があった。
しかし、多様な品種を育てていれば、全滅にはならない。病気の流行に対処するには、様々な品種が必要なのだ。まして、天候不順・異常気象が頻発する昨今では、リスク対応に多様性は欠かせない。
しかるに、種子法の廃止は、数少ないグローバル・アグリ資本の限られた品種の米・麦・大豆しかない状況を生み出してしまう。安倍政権は、そのリスクを顧みていない。